地球と環境は同義語ではありません。
しかしながら、所謂環境問題のこととなると一緒にしたがる人が圧倒的に多い気がします。
「地球に優しい」
「環境に優しい」
前者と後者ではまるで意味が違います。
天下の大号令の如く一気に普及したこの「地球に優しい」というフレーズですが、それらを推進する人や積極的に唱える人はその意味を本当に考えたことはあるのでしょうか?
地球に優しくするというのは、地球が優しさの対象でありそれに基づいたactionということになります。
優しさに基づくactionというのは、彼らの言葉を借りれば第1に温室効果ガス(主にCO2)の削減でありエコと称し展開される大がかりな消費運動です。(勿論それ以外にも様々なことが地球に優しくするために行われています。)
対象が地球ということは巨視的であること。即ち地球視点に立たねばなりません。
地球は優しくされようが冷たくされようがそんなことは重要ではありません。
地球にとって温室効果ガスが溜まり温暖化しようが資源が枯渇しようが放射能まみれになろうが関係のないことです。人類が絶滅しても地球は痛くも痒くもありません。
何故なら地球は人類に恩恵を受けていないから。
そして多くを経験して今尚存在し続けているから。
一方で、環境とは周りを取り巻く状態のこと・つまりミクロな展望ということになります。
環境に優しいとは即ち生活に直結した、対象は人をはじめとする生物にあるということなのです。
人の営みに影響のある問題に対して、その問題を解決すべくactionを行う。何らおかしくありませんよね?
環境問題の真理はミクロに言えば、営み(生活)の継続
マクロに言えば、生物(生命)の存続なのです。
マクロ展望時のその対象が地球にすり替えられているというのは意図的なものを感じずにはいられないし、甚だズレた論理だと私は思います。